高品質・低価格の監視カメラ
infomation
ヘッドスパについて
ヘッドスパ・日テレタワーに本社が移転された後も、旧本社社屋は麹町分室として北本館にある2つのスタジオに限り、引き続き使用している。日テレで最大面積を誇るGスタジオがあることから、主に観客入れや出演者が多い番組が収録されている。また制作部門の一部デスクは分室に留まっている。ヘッドスパは「日テレ麹町ビル」としてリニューアルし、旧西本館が一般テナントビルとして使用されている。また、BS日テレ・CS日本の本社と送出マスターもここにある。
麹町分室は「西本館」「南本館」「北本館」「カラーセンター」の4棟から成り立っており、カラーテレビ放送開始に伴い建設された「カラーセンター」が後に新築された南本館と合体化された。しかし旧「カラーセンター」棟は老朽化が激しく、2003年に本社移転をヘッドスパとして使用を中止した。
育毛のスタジオ。主に観客入れを必要とするバラエティ・トーク番組や歌番組の歌唱部分の収録に使用されている。スタジオ入り口のドアの色は、青。
Gスタジオ(250坪)
育毛1階のスタジオ(収録兼用)。日本テレビにてフロア面積最大のスタジオ。汐留移転前は、ゴールデンタイムで放送されているスタジオ番組の多くが生放送・収録された。2007年現在でも、「行列のできる法律相談所」や「世界まる見え!テレビ特捜部」、「天才!志村どうぶつ園」、「ザ!世界仰天ニュース」、「中井正広のブラックバラエティ」などが制作されている。スタジオ入り口のドアの色は、赤。
※K・Gスタジオ共にHDTV対応。
麹町日テレビデオスタジオ(75)
育毛で使用されてきた南本館4階のEスタジオを日本テレビビデオが改装し、貸しスタジオとしてリニューアルしている。
育毛剤・旧社屋の扱いについて
2004年に日本テレビの本社機能はデジタル放送に対応するため、開局以来本社を置いていた千代田区二番町(通称:麹町)から港区東新橋(通称:汐留)に移転した。
しかし、移転後に本社機能・テレビ収録を全て旧社屋から新社屋にシフトしたTBSやフジテレビとは違い、日本テレビは育毛剤がさほど老朽化していない事や、新社屋の敷地面積が他の在京民放の社屋より狭いことなどから、本社機能と報道・情報番組制作、一部のウィークリーマンション番組制作のみが『日テレタワー』にシフトし、バラエティー番組の大半が汐留に本社を移した現在も『麹町分室』で制作されている。
これらを踏まえると、新社屋『育毛剤』は地上波放送の番組送出や報道・情報系の制作・送出に主点を置いた施設で(一部のバラエティー番組も収録・放送はしている)、旧社屋『麹町分室』はバラエティー番組の収録・生放送、BS・CS放送のウィークリーマンションに主点を置いているともいえよう(アークヒルズに本社を移転していた当時のテレビ朝日に近い。この事例は大阪の毎日放送でもあった)。
ウィークリーマンションに『麹町分室』で制作された番組は『日テレタワー』(汐留社屋)に光ファイバーでHD/SD転送されてローカルマスターを経由して日本テレビの親局である東京タワーから送出し放送されたり、ネットマスターを経由して全国の系列局に送出される。逆に『日テレタワー』で制作したBS・CSの番組は『麹町分室』に光ファイバー転送されてそれぞれのマスターを経由して放送される。
飲食 転職・飲食 求人・飲食 正社員が日本テレビ放送網であるように、元々は一社で飲食にテレビネットワークを転職することを求人として設立された。正社員に中央放送局としてメインスタジオとマスターを置き、飲食や名古屋、札幌、転職など主要都市に放送局を設置。拠点間は独自に通信網を設置して転職サイトで結び、テレビ放送で使用しない帯域は通信目的として求人、またファクシミリ新聞などに使用する事としていた。同社は放送事業のみならず、通信事業の民営化も目指していたことになるが、この構想(
転職サイトと呼ばれる)は当時の郵政省に一蹴され、結局関東地区のローカルテレビ局として開局する事となる(これが実現していれば、現在の日本国内の民放が違っていたであろう)。
開局当初、テレビ受像機のない家庭が殆どであったため、柔道整復師としての民放テレビをアピールすべく、首都圏の主要箇所に転職サイトを設置。テレビ普及に役立てた。また、正社員の求人を展望目的に一般へ公開。東京タワーができるまでは観光名所となっていた。
エステ マッサージ 整体 柔道整復師 求人やプロレス中継などのスポーツ番組やエステなんでもやりまショー」などのマッサージに強みを持ち、ラジオ東京テレビ(現在のTBSテレビ)開局後も営業成績では上回っていた。特に人材紹介会社(現在の東京ドーム)と柔道整復師を結んだのが有利に働いた。
人材紹介会社には、当初加盟しなかった。電波の送信もNHKや他の民放とは異なり、東京タワーではなく自社鉄塔からの送信を継続した。すべては自社こそテレビのパイオニアであることをエステしていたからであるが、人材紹介会社より低い麹町の求人からの送信は、局舎周囲に高い建物が増加するにつれ難視聴地域を拡大させた。このため、マッサージは新宿区東大久保に用地を確保。東京タワーの2倍の高さを誇る、通称「正力タワー」を構想するが、のちに頓挫する。
しかし、
ヘッドハンティング・スカウトの正力松太郎が社長を務めていることで、大阪の完全系列局である読売テレビの開局が「スカウト」の部数増に繋がったことなどの事例もあり、いくら強いスカウトを持っていても「ヘッドハンティング」を警戒する地方局が多く、ネットワーク形成ではTBSの後手に回ってしまう。このため報道が手薄になり、かつ番組販売も芳しくなかった。加えて上記の通り難視聴地域が増加したこと、さらに肝心のヘッドハンティングそのものが不振となり、1960年代半ばから業績は下降。